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【 コンサルタントのインサイト 】
本シリーズは、Regrit Partnersに所属するコンサルタントが過去に
携わったプロジェクトの経験を横断的に俯瞰し、個別ソリューション
や産業に関する独自のインサイトを発信する記事です
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株式会社Regrit Partners
Managing Director / Technology
袴田 智博

目次


本論

1.DXレポートと、日本企業のDXの取り組みの現状

経産省より2018年9月に公開された「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」は、多くの日本企業の経営およびIT投資に影響を与えた。最新の「DXレポート2.2」(2022年7月発行)では、DX推進指標で自己診断を行う企業が着実に増加しており、かつ、成熟レベル3以上の先行企業の割合も増加し続けていると言及されている(図1)。DXレポートの初版で指摘された「迫りくる2025年の崖」を克服するために、各社が取り組みを開始し、推進している様子が伺える。

図1(出典:経済産業省 - DXレポート 2.2 (概要)を基に当社編集)

最新の「DXレポート2.2」では、ゴールとなる「デジタル社会」において「スピーディな社会的課題の解決」「新たな価値創出や顧客体験の提供の迅速化」「世界的にも強い競争力を持つ企業の誕生」「エリアや資本の大きさに関係なく価値創出に参画できること」などが期待されている。また、DXの成功パターンを活用した企業変革の筋道を他企業が引用・活用することへの期待も言及されている。

2.本来のDXの目的とは何だったか

一方で、各企業は企業の継続性(ゴーイング・コンサーン)に則り、会社を将来にわたって継続させていくことが前提となっていることを忘れてはならない。また、ゴーイング・コンサーンを果たすためには利益を出し続けなければならない。

本来の目的に立ち返ると、 DXとは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、顧客や社会のニーズを基にデータやデジタル技術を活用して製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものやプロセス・組織・企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」とある。しかしながら、既に設立され、永きにわたって存続する企業において本当に「DXによる新たな競争上の優位性」を獲得することが可能なのだろうか?あるいは、そもそもの自社の競争上の優位性を正しく評価・認識した上で「DXという手段」を取り入れる判断ができているのだろうか?

DXレポート2.2と同年の、2022年10月にIPAから発表された「DX実践手引書 ITシステム構築編」は、その名の通りDXを実践していくための具体的手引きとなっている。しかし気を付けたいのが、これは副題にもある通り「ITシステム構築」のための手引書であるということだ。つまり「何を作るべきか」ではなく「どうやって作るべきか」に答える資料である、ということである。

3.産業界・企業を取り巻く「バズワード」

ところで、この企業を取り巻くDX包囲網は2018年に突然始まったものなのだろうか?実は、そんなことはない。古く1970年代の終わりにはマイコン革命、1980年代末のSIS経営革命、その後のERP革命、インターネット革命…など、情報技術および代表的なキーワードは常に産業界・企業を先導する存在だった。

一つの例として、2005年に刊行された書籍の序文を紹介したい。
情報システムは年々規模と複雑さを増している。そして、ここ十年ほどのネットワークの加速度的な拡大は、規模から価値へと、開発に対する質的な転換を求めている。
規制緩和や企業統合など企業経営を取り巻く環境の劇的な変化が、情報システムの計画や開発に直接インパクトを与えている。また、インターネットをはじめとする新技術の登場や業界標準の進行より、システム更新していく世代の感覚が短縮されている。情報システムは、常に企業全体をゆるがす大きな課題を抱えている状況にある❝
(出典:実践!! エンタープライズ・アーキテクチャ - 湯浦克彦(著) 2005年初版)

いかがだろうか。一部の表現に2000年代の雰囲気が感じられるものの、2022年現在に刊行される書籍に記載されていたとしても、大きな違和感はなく読み取られるのではなかろうか。前置きが長くなってしまったが、本稿では「DX」というキーワードが取りざたされている現在において、過去に提唱された「エンタープライズ・アーキテクチャ」という概念が、実は企業経営に対して有効に機能するのではないか?ということを論じてみたい。

4.EA エンタープライズ・アーキテクチャ とは

2003年に当時の経済産業省のITアソシエイト協議会によって提唱されたのが「業務・システム最適化計画;エンタープライズ・アーキテクチャ」である(以降EA)。その起源は1987年にJohn Zachman が IBM Systems Journal で発表した “A Framework for Information Systems Architecture” (通称:Zachman フレームワーク)にあるといわれている。Zachman フレームワークの提唱をきっかけに、米国における情報資源管理や統合化CASE、データ中心アプローチなどの方法論を経て、2000年代初頭から日本政府におけるIT調達改革の検討に引用されてきた。

経産省のEA策定ガイドラインによると、EAとは「顧客ニーズをはじめとする社会環境や情報技術自体の変化に素早く対応できるよう、『全体最適』の観点から業務やシステムを改善するための仕組み」であり、組織全体として業務プロセスや情報システムの構造、利用する情報技術などを整理・体系化したフレームワークとして定義されている。

EAの目的は以下の4点である。
❶ IT投資の合理化・効率化
❷ 顧客志向への転換による高度な(行政)サービスの実現
❸ 統合化・合理化に向けたプロセスの提示
❹ 長期的な設計思想:Webサービスへの長期的な移行

これは言い換えれば、EAを導入することにより
❶ 現状の明確化と改善
❷ 理想像の共有
❸ 理想にいたるプロセスの共有
の3点が達成でき、結果として「スリムかつ強靭な(政府)経営機能の実現」が可能であると結論づけられていた。

またEAは、前述の3つの目的を実現するために大きく4つの機能を持っている(図2)。

1.業務からシステムに至る垂直的な関係とその現状の明確化
2.現状から理想目標に至る時系列的な関係の明確化と改善サイクルの確立
3.従来見過ごされがちだった情報資産と業務との関係の明確化
4.長期的な設計思想の明確化と、技術の世代管理に対する明確な指針付与

図2(出典:経済産業省 - EA策定ガイドライン第I部を基に当社編集)

今だからこそ考えたい、改革におけるEAの適用

昨今のDXに係る論調は「デジタル活用による変革後の姿」を強調したものが多い。デジタルテクノロジーを活用することで既存のビジネスモデルを破壊する企業を指す「ディスラプター(破壊的企業)」は、エドモンド・ハミルトンのスペースオペラ『スターキング』に登場する、全てを消し去る架空の究極兵器を指す言葉から来ている。新たなテクノロジーによって既存の業界の秩序やビジネスモデルが破壊される大胆な変革ストーリーは刺激的かつ魅惑的だ。しかしながら、既存で事業を行っている企業においては、既に業務や多くの情報資産、そしてアプリケーションやIT基盤が存在するはずである。ある日突然、それらをなかったことにすることはできない。

EAの考え方からは業務、時系列的な関係、情報資産と業務との関係、長期的な設計思想の明確化といった、事業継続性を担保しながらTo-Be(新たな姿)を段階的に実現しようとする、地に足のついた思想と姿勢を読み取ることができる。

デジタルが与えるインパクトは大きい。大きなインパクトを着実に実現するためにも、今のこの時代だからこそ、EAの考えを振り返り、学ぶことによって、多くの企業が変革・改革を成し遂げられるのではないか。

次回以降で、EAの中身と具体的な企業活動への適用について思考を深めていきたい。

-了-

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